映画と映画館が僕のアイデンティティ

映画と映画館が僕のアイデンティティ

中学の頃はすでにジブリが大好きで、洋画をちょくちょく見始めていた。母の知り合いのおばさんが「ショーシャンクの空に」と「リトルミスサンシャイン」を含めたDVDを、4つくらい貸してくれたのがきっかけだったか、あるいは親友と観に行った「アメイジングスパダーマン」がきっかけだったか、今となってはわからない。

映画の魅力は、多くの価値観を体験できることだと考えている。とてもありきたりだが、映画の面白さはこれに尽きると思う。もちろん映画は芸術としての側面も強く、一つのアートとして鑑賞することも可能だろう。それもまた一つの良さであり、映画の面白さだ。

映画は知れば知るほど、奥深い。その世界にどっぷりと浸かった瞬間、二度と水面に顔を出すことは難しくなる。そして僕は、一度映画の世界に溺れてしまった。

思春期は人格を形成するうえで重要な時期だ。その間に起きた出来事や経験したことは、今後の人生に大きく影響を及ぼす。学校の友達と交わした何気ない会話から海外渡航や感動的な体験、それらすべてが僕らの血となり肉となる。僕にとってそれは映画であり、映画館であった。

映画ライターみくと
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映画に捧げた思春期

高校三年間は、特に映画を観ていた時期だ。自らでバイトをしてお金を稼げるようになり、そのお金で自分の好きな物を買ったり行きたい場所に行ける。まさに自由だった。

僕の自由は、もちろん映画館にあった。部活がない日は映画館に行って映画を観て、帰ってきたらまた映画を観た。土日は半日練習だから、正午か日落ち前には終わる。部活でかいた汗をシーブリーズで拭き取り、部活の仲間とだべりながら駅まで歩く。電車に揺られ、各々が帰路に着いたり遊びに行くなか、僕は一人でに映画館のある駅へと向かう。上映前にコーヒーを買うか迷いながら、ロビーで待つ。入場開始のアナウンスとともに、早々にスクリーン内へと入る。その高揚感がたまらなかった。一人でこの贅沢を味わえるのが、何にも変え難く幸福なのだ。

そんな青春時代を過ごした僕は、まさに映画と映画館がアイデンティティとなっている。映画を観ている時が、自分を感じるのだ。作品を通して自分が何を思うのか、何を感じるのか、それが僕たらしめる。

そして映画を通じて培った価値観は、僕の人格を形成した大事な要素だ。僕はかなり影響されやすい質で、良いなと思ったらすぐに自分の生活の中に取り入れてしまう。それは行動面でも考え方でも同じである。一貫していることは、映画を観ること。

結局何が言いたいのか?つまり、僕はたくさんの映画を観てきたが故に、多様な価値観に踊らされているというわけだ。しかしそれは、自分の芯がないのとは少し違う。僕には芯がある。誰にも折れない芯がある。だが映画を通じて実にさまざまな価値観を植え付けられた。映画は多種多様なテーマがあり、それぞれの思惑がこめられて制作されているから、当然のことだろう。だからこそ物事を主観的に捉え、あらゆる視点で考えられるようになった。自分の中に落とし込んだ作品の数々が、膨大な選択肢となって僕の価値観をその場に応じて選択する。もっとも、側から見れば矛盾だらけの男にしか見えないだろうが….。

10代は、自分の価値観を形成するにあたり周りの環境や印象的な体験に左右される。きっと全員がそうだと思う。僕はその環境と体験が映画館と映画だった。価値観の形成段階で多様な価値観に触れたことで、変わり者が完成した。

シネマジャックアンドベティ
僕の大好きな映画館「シネマ・ジャック&ベティ」

映画と映画館は僕のアイデンティティ

映画は良い。さまざまな経験ができる。多様な価値観のもとで必死に考えを巡らせる。自分が何を感じて何を思ったかによって、自分がどうゆう人間なのかを知れる。

より広く、より深く思考の海に飛び込むことで人間味が出るのではないだろうか。僕はまだまだ浅瀬にいる。映画を通してさらに深部へと辿り着きたい。

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この記事を書いた人

中学高校で映画にハマり、20歳までに鑑賞した作品は1,000を超える。
現在はフリーライターとして、映画のコラムや企業のホームページなどの執筆を担当。映画のジャンルは問わず、面白そうな作品はなるべく映画館で鑑賞する“映画館好き”でもある。

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